



市場拡大再算定品目とは?薬剤師が知っておくべき制度解説
はじめに
4月の薬価改定以外にも、年度途中で薬価が変更されることがあるのをご存知でしょうか?今回は、多くの薬剤師が意外に思う「市場拡大再算定」という制度について、2025年8月に実施されるSGLT2阻害薬の事例と合わせて詳しく解説します。
市場拡大再算定品目とは?
基本的な定義
市場拡大再算定制度とは、「医療用医薬品において、当初想定した売り上げ市場規模の2倍以上かつ年間売上(薬価ベース)で150億円超となった場合、当該医薬品ならびに、場合によっては類似薬効の他の医薬品も含めて、薬価の引き下げを行うという措置」のことです。
簡単に言うと、売れすぎた薬の値段を下げる制度です。
一般市場との違い
通常の商品では「人気が出る→需要増→価格上昇」という流れが一般的ですが、保険医薬品の世界では全く逆の現象が起こります。
一般商品の場合:
- 売れる → 価格上昇
- 品薄 → プレミア価格
保険医薬品の場合:
- 売れすぎる → 薬価引き下げ
- 成功 → ペナルティ
この制度の背景には、国民皆保険制度の維持と医療費適正化という重要な目的があります。
市場拡大再算定の要件
🔷(1)市場拡大再算定対象品の3つの条件【すべて満たすこと】
項目 | 内容 |
---|---|
① 対象となる薬剤 | 以下のいずれか: ・薬価算定が「原価計算方式」 ・原価計算以外だが、使用実態が著しく変化(使用方法や適応の変更など) |
② 改定のタイミング | 薬価収載(または効能変更承認)から10年経過後の最初の薬価改定であること(※2019年の消費税改定は除外) |
③ 売上条件 | 以下のいずれか: ・年間売上150億円超かつ予測の2倍以上 ・年間売上100億円超かつ予測の10倍以上(原価計算方式限定) |
🔷(2)市場拡大再算定の特例
対象薬剤が10年経過後の薬価改定前で、かつ下記のいずれかに該当
売上条件 | 要件 |
---|---|
① 1,500億円超 | かつ予測の1.3倍以上 |
② 1,000億円超 | かつ予測の1.5倍以上(※①に当てはまらない場合) |
🔷(3)市場拡大再算定「類似品」
対象薬の薬理作用や組成が同じなら、類似品も薬価引き下げ対象に!
📌 通常の市場拡大再算定時
類似品となる条件 |
---|
・薬理作用が類似している ・組成が同一 |
※ただし、市場シェアが小さく競合性がないと判断される場合は対象外
📌 特例の市場拡大再算定時
類似品となる条件(以下いずれか) |
---|
・薬価算定時の比較薬が特例対象品 ・比較薬が類似品 ・組成が同一 |
詳細な要件については厚生労働省の資料をご確認ください。
2025年8月のSGLT2阻害薬事例
対象となった背景
SGLT2阻害薬では、ジャディアンスが「年間販売額350億円超かつ基準年間販売額の2倍以上」と基準に該当し、主対象品目となりました。
SGLT2阻害薬の市場拡大要因
- 適応拡大: 当初の2型糖尿病から心不全、慢性腎臓病へと適応が拡大
- 心・腎保護効果: 糖尿病治療薬としてだけでなく、心血管系・腎保護薬としての価値が認められた
- 処方の広がり: 専門医だけでなく、プライマリケア医師による処方も増加
具体的な薬価引き下げ
対象品目と引き下げ率
- ジャディアンス: 12.1〜12.2%引き下げ
- スーグラ: 7.9%引き下げ
- フォシーガ: 8.3〜8.6%引き下げ
- ルセフィ: 7.9〜8.0%引き下げ
- デベルザ: 6.6%引き下げ
- カナグル: 7.1〜8.7%引き下げ
施行日: 2025年8月1日
制度をめぐる議論
国の立場
- 国民皆保険制度の維持
- 医療費の適正化
- 「例外的制度」としての位置づけ
製薬企業の立場
- イノベーション阻害への懸念
- 開発投資回収の困難
- 「成功のペナルティ」という複雑な心境
2025年度中間年改定では市場拡大再算定が「イノベーション評価に逆行する可能性が高い」ことが指摘されるなど、制度の在り方については継続的な議論が行われています。
薬剤師として知っておくべきポイント
患者への説明方法
効果的な説明例
- 「効果や安全性は全く変わりません」
- 「薬価が下がることで、医療費負担が少し軽くなります」
- 「国の制度による調整です」
実務上の注意点
- 薬価変更の周知: 院内・薬局内での情報共有
- レセプト対応: 施行日前後の請求に注意
- 在庫管理: 旧薬価での在庫処理
- 患者フォロー: 不安を感じる患者への丁寧な説明
よくある質問(FAQ)
Q1: なぜ年度途中に薬価が変わるのですか? A1: 市場拡大再算定は特別な制度で、通常の4月改定とは別のタイミングで実施されます。
Q2: 薬の効果は変わりませんか? A2: 全く変わりません。価格のみの変更で、品質・効果・安全性は同一です。
まとめ
市場拡大再算定制度は、保険医療制度特有の「売れすぎた薬の値下げ」という一般市場とは逆の現象を生む制度です。
重要なポイントのおさらい
- 年度途中でも薬価変更がある
- 一般商品とは逆の価格メカニズム
- 国民皆保険維持とイノベーション促進のバランスが課題
- 薬剤師は制度を理解し、適切な患者説明を
2025年8月のSGLT2阻害薬の事例を通じて、この制度の実際の運用を理解できたのではないでしょうか。薬剤師として、制度の背景を理解した上で、患者さんに適切な情報提供を行っていきましょう。
この記事は2025年6月時点の情報に基づいています。最新の情報については、厚生労働省や関連団体の発表をご確認ください。
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